Pax Transhumanity ゲームレビュー
人権思想の普及をテーマとした前作から、今年は舞台を近未来に移したPAXシリーズ第5作が登場。
Pax Transhumanity - Sierra Madre Games(→)
本作のデザイナーはMatt Eklund。Sierra Madre Games代表のPhil Eklundの息子にあたります。
今回のプレイヤーの立場は、人類の進歩を信じる近未来の企業家。世界各地やクラウド上から生み出される、世界をより良く進歩させうる新たな技術や社会運動を支援し、事業をスタートアップ。これにより人類社会の発展を妨げる様々な問題を解決してゆくことを目的とします。
ゲームの中心となるのは、「発展途上世界」「第一世界(先進国)」「クラウド(ウェブ社会)」「宇宙」の四つの「スフィア」に分けられた人類世界。このスフィアはそれぞれ「貧困」「ヘイト団体」「AIの意識」「地球に魂を囚われたオールドタイプ(意訳)」等の、技術的・社会的な障害である「プロブレム」を抱えています。そして各スフィアには、こうしたプロブレムの解決につながるであろう、社会運動や科学技術の「アイデア」のカードが「マーケット」として並べられています。
意識の高い実業家であるプレイヤーは、これらアイデアを後押しするべく組織化(シンジケート)のトークンを配置してゆきます。またあまりに先鋭的なアイデアである場合、反対派の活動や、技術的懸念を解決する「フューチャーショック」に追加のリソースを投入しなければなりません。例えば「国境の自由化運動」のアイデアでは、変化を嫌う「ナショナリスト」と、これを悪用する「テロリスト」の両者を抑える必要があります。
さらにシンジケートしたアイデアを「コマーシャライズ」により普遍化してゆくことで、対応する「プロブレム」を解決してゆきます。例えば「再生医療」では、第一世界の「老化」や発展途上世界の「疫病」のプロブレムを解決することができます。またコマーシャライズの過程では、こうしたアイデアの普及を容易にするGAFAのような事業体である「カンパニー」を設立することもできます。
しかしアイデアのコマーシャライズには、全4種の「専門分野」のうち各アイデアで指定された2種の組み合わせが、以前のコマーシャライズにより公開されていることが必要です。こうしてコマーシャライズされたアイデアが増える毎に、専門分野の組み合わせも増加。いわゆる技術ツリーの多様性が増し、次々と新たなアイデアを実用化できるようになります。
ゲームはデッキ終盤に登場する、いくつかのゲーム終了カードを切ることで終了します。終了条件によりますが、おおむねゲーム中に解決したプロブレムと、設立したカンパニーの数が得点となります。またゲーム中に規定数のカンパニーを設立した場合、人類社会を支配する巨大企業グループが誕生したものとして、その時点でゲームは終了となります。
前作のPax Emancipationと比較すると、マーケットとイデアのグローバル化というシステムの根幹を残し、ユーロゲーム寄りにシンプルにブラッシュアップしたという印象です。相変わらずルールライティングは悪いのですが、旧作比でアクション/オペレーションは13種から7種に激減。例外処理もほとんどなく、最重要イベントであるコマーシャライズの手順以外は、各プレイヤーの資金管理ボード記載のプレイエイドで事足ります。シエラマドレ作品の恒例かつ悪名高いランダム要素も、本作ではアイデアカードの山札の引きのみ。イベントの発動を含むすべてのゲーム進行がプレイヤーの判断に任されているのが、同社のゲームとしては非常に珍しい作りです。
このあたりは、昔気質の父と、今世紀のゲーマーである息子の芸風の違いが面白いところ。システムはまったく異なりますが、プレイ感はこちらも新時代のデザイナーであるCole WehrleのPax Pamir 2ndに通じるものを感じました。
実際のプレイの雰囲気は、こちらのテストプレイへ。
⚡️ "Pax Transhumanity - AAR, ソリティア 2019/12/01"https://t.co/WF9VTmq8vw
— N村 (@enumura) December 1, 2019
◆ファイナンスボード
個人的にPax Emancipation/Transhumanityの白眉だと考えているのが、プレイヤー資金の管理システムです。これらのゲームでは「資金トラック」のようなゲージを使用せず、3つのボックスでトークンを移動させるだけで事業体全体の資金を管理させるという、大変ユニークなシステムを使用しています。個人的にはこれだけでも見る価値があると思うのですが、なかなか機会もありませんので、この機会に紹介しておきます。
これらのゲームでは、プレイヤーの資金は図のような「ファイナンスボード」に配置されたトークンにより管理されます。ファイナンスボードは上から順に「資本」capital、「富」wealth、「負債」debtという3つのボックスが配置されています。例えば写真のブロガーの財務状況は、資本3、富3、負債0という状況。なかなかの健全経営です。
プレイヤーは何らかの支払いが必要となった瞬間に、このボード上でトークンを移動させることで必要な資金を生み出します。このトークンを上段から下段へ(資本→富、富→負債)、移動させる毎に1ポイント分の資金が生み出されます。例えばこの状態で3資金が必要となった場合、トークンのひとつを資本→富→負債に、もうひとつを資本→富に移動させれば、合計3資金が調達されたことになります。
またマーケットの事業や、マップ上の植民地の運営にコミットする場合、これらへの配置に必要なトークンはこのファイナンスボード上から調達します(上段から優先)。つまり盤面の事業に定常コストが割かれ、全体のキャッシュフローが減少した状態を再現しています。
支出を続ければ、最終的にはすべてのトークンが最下段の負債に沈んでしまいます。本作には定期収入のようなルールはありません。その代わりにアクションのひとつである「資金調達」を実施し、こうした債務超過を回復させることになります。このアクションは以下の3ステップで実施されます。
1.事業の精算:盤上で使用しているトークンを回収し、富に配置する。
2.担保:資本と負債のトークンを1対1で相殺し、両者を富に移動する。
3.資本蓄積:この時点で富に配置されている全トークンを資本に移動する。
つまり資本と負債のバランスが釣り合った健全経営であれば、資金繰りは非常に軽快です(担保で帳消しになった負債が、即座に資本に戻る)。しかし一旦債務超過に陥ってしまった場合……複数のアクションを費やして担保と資本蓄積を繰り返さねばならず、大変に苦しい展開となります。こうなっては盤面の事業を精算し、トークンを回収してくる必要があるでしょう。
また資本全体の増加や減少も、このプレイヤーが使用できるトークン数の増減で再現されています。例えばPax Emancipationでは、「造船」アクションを実施すると3コストでマップ上に商船を配置し、さらに負債に新たなトークンを1個追加します。支払いと負債により一時的に資金繰りは悪化しますが、担保処理さえ終了してしまえば、商船隊の運用益を表すトークン数の増加により、全体的なキャッシュフローは増大する、といった具合です。
このように本作で用いられているファイナンスボード・システムは、面倒な計算を必要とせず、単純なトークン操作で資産を債権(ボード上の運営資金)とマーケット(盤面への投資)にどのように配分するのかを再現しています。ちなみにEmancipationのルールにはさらっと書かれていますが、本システムは息子が開発中のTranshumanityから、Phil Eklundが自作に流用してきたものだそうです。父を超えたか、Matt!
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