平和運動とウォーゲーム : WGAC2021
本記事は「War-Gamers Advent Calendar 2021」の12月2日分のエントリーです。
以前に紹介した話題の増補再掲版となります。
しばらく前に「NATO Air Commander」デザイナーのBrad Smith氏より、80年代初頭に出版された仮想戦ウォーゲームが西ドイツの平和運動に影響を与えた事例をご紹介いただきました。軍用ではなく、商用のウォーゲームが現代史に影響を与えた珍しい事例とも言えなくもなりませんので、ちょっと掘り下げてみました。
This journal article mentions the German public's alarmed response to "Fulda Gap". Author claims the game helped foster peace movements in the early 1980s. Interesting read. "Defense at the Forward Edge of the Battle or rather in Depth?" by LTC Helmut Hammerich. JMSS 15/3, 2014 pic.twitter.com/OHJkXDD3Nw
— Brad Smith (@hexsides) August 8, 2021
紹介されていた論文は、NATOの防御方針論争に関する以下のもの。
Helmut R. Hammerich, Defense at the Forward Edge of the Battle or rather in the Depth? Different approaches to implement NATO’s operation plans by the alliance partners, 1955-1988, Military Strategy in War and Peace, 15(3), 2014.(→)
該当部分を訳出しておきます(p165-166)。
1970年代、ワルシャワ条約機構軍の大規模侵攻に対するNATOの中央戦線防衛計画は、その戦略方針の変更にかかわらず核兵器の早期使用を前提としたものとなっていた。この方針は(訳注:国土を核兵器で汚染されることになる)ドイツ連邦共和国の利害と真っ向から対立するものだった。多くのドイツの将軍たちは、核兵器が使用された場所では指揮統制が完全に崩壊してしまうだろうと確信していた。そしてこの時期、アメリカで発売されたボードゲームをきっかけとして、この被災地となるであろう地域の住民のあいだで危機意識が高まりをみせていた。1982年3月上旬、ドイツの新聞「Taunus-Kurier」と「Fuldaer Zeitung」がこの「フルダ・ギャップ」問題、そして前述のゲームで展開されるヘッセン州が大規模な戦禍に見舞われる可能性について、懸念を表明する記事を掲載した。またまたこの地方のTV局のニュース番組「Hessen-Schau」でも、侵攻の現実的なシナリオについて、おおむねよく調べられた報道が放送された。こうした防衛計画に批判的な報道は市民の注目を集め、以前から西側の戦争計画とそれがこの地域に与えるであろう影響を問題視していた平和運動へと飛び火したのである。
こうなると気になるのが問題のゲームが何だったのか?という、ウォーゲーマー以外には割とどうでもよい問題です。時期的にFulda Gap (SPI,1977), The Next War (SPI,1978), Fifth Corps (SPI,1980), NATO Division Commander (SPI,1980)あたり、またはこのあたりのブーム全体かと容疑者は絞られますが、割合あっさり判明しました。
とりあえず基礎情報を押さえておこうとWikipediaの「Fulda Gup」を見に行ったところ、ドイツ語版の映像資料(Fulda Gap: Filmmaterial)からヘッセン州メディアアーカイブの該当資料(Zielgelände - Notizen aus dem Fuldatal)にリンクされていました。調査時間3分の灯台元暮らし。以下は字幕や翻訳の便宜のため、Youtubeにアップされている同資料の該当部分から引用しておきます。
タイトルは「作戦目標:フルダ峡谷からのレポート」といったところでしょうか。内容は来る戦争で戦禍に見舞われるであろうフルダ地域の立ち位置を反戦運動の視点から紹介するもの。問題のウォーゲームは本テーマ最初期(1977)の「Fulda Gap」で、登場は冒頭11分より5分ほど。淡々とゲームの内容を紹介しつつ、ゲームの想定される展開からこの地域がどのような戦禍に見舞われるか?というシミュレーションのツールとして使用されています。
そしてこれが反戦的文脈でウォーゲームが取り上げられる際にありがちな「こんなゲームはけしからん!」という視点ではなかったことが、個人的には意外な内容でした。ゲーム内で演じられる戦禍を市民活動の根拠のひとつとして用いるという、非常にクレバーな取り上げ方です。ある意味「次の戦争」をあつかう仮想戦ウォーゲームの正しい利用方法と言えるのではないでしょうか?この40年後の現代日本で、周辺有事を題材にしたウォーゲームがメディアに取り上げられた場合、不謹慎以外の文脈で扱うことができるでしょうか?たぶん無理でしょうね……。
また「5分でウォーゲームの内容を紹介するビデオ」としても非常にわかりやすい。この紹介者(語りは英語でドイツ語の翻訳が入る形式)はおそらくアメリカの名のあるウォーゲーム関係者だと思うのですが、一体何者なんでしょうか?識者の情報をお待ちしております。
・KRIEGSSPIELE: Auf Pappe, DER SPIEGEL 31/1985, 1985/07/28 (→)
余談として、横道で見つけた「Berlin'85」(SPI,1980)を紹介する「Spiegel」紙の記事を挙げておきます。本題のゲームに加えて「先年の反戦運動で有名になったゲーム」として「Fulda Gup」の名前も挙げられており、当時のドイツでそれなりに話題になったことがうかがえます。
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