DerrocAr ゲームレビュー

90年代初頭にドミンゴ・カバロにより制定された「兌換法」という経済的爆弾は、デ・ラ・ルーア大統領の辞任につながる危機を引き起こした。2000年にチャチョ・アルバレス副大統領が辞任していたため、これに次ぐ大統領継承者は野党のラモン・プルエタ上院議長となっていた。プルエタの権力基盤は脆弱だったため、彼は新たな大統領を選出するための暫定大統領に就任し、議会に州知事たちを招集した。
－Derrocar, ルールブック冒頭より

DerrocAr: The Week of Five President - ION Game Design (→)

2001年末のアルゼンチンの政治、経済危機を舞台に、死に体の大統領の後釜を狙う政治家たちの一週間の政争をテーマにした1-5人用ゲーム。メーカーはスウェーデンのIGDですが、デザインはアルゼンチンのご当地デザイナー、Bruss Brusscoによる持ち込み企画です。

プレイヤーの立場は危機に直面した大統領と、その次期大統領のレースに乗り出した当時の有力政治家たち。ゲームシステムはPAXシリーズの簡易版ともいえるもので、恒例のスライド式マーケットから支持団体（ロビー）や選挙活動のカードを購入。この支持団体（農業界、労働組合、メディア、IMF、欧州企業）のカードをプレイすることで、自身のタブローに支持者トークン（1-3点）を配置します。この支持者トークンの得点合計が実質上の勝利得点で、合計点が最多のプレイヤーに暫定大統領職が適宜移動。最初に10点分の支持者を確保するか、ゲーム終了時に暫定大統領となっているプレイヤーが勝者となります。

そしてゲームは先の支持者点サドンデスのほかに、アルゼンチンの抱える国内・海外債務（各3スロット）のすべての対策が終了するか、市民からの悪評である「紛争」トークンの累積（4個）により大統領レースからの脱落者が発生した場合にも即座に終了します。大統領は「紛争」アクションカードを使用できないため、大統領はスキャンダルで辞任させられる前に経済問題を解決しての逃げ切りを、ライバルの候補者たちは支持者を集める正攻法での政権奪取か、二番手からの大統領スキャンダルからの棚ボタを狙うという展開となります。

というわけで本作、PAXシリーズの銘は冠していませんがシステム的には実質的な簡易版PAX。そして歴代の作品では「Pax Viking」と並んで手軽にプレイできるゲームとなっています。テーマは例によって本邦ではマイナー極まりありませんが、PAXシリーズ経験者であればプレイは容易。既存作に挫折した方も手軽にプレイできそうな内容でした。

恒例のルール翻訳中の愚痴と小ネタはこちらから。

「Derrocar」和訳小ネタ集 https://t.co/viO8U02XrB 2023Q3リリース予定。 2001年末のアルゼンチン経済危機に伴う、新大統領の座を争う政治ゲーム。

— Ｎ村 (@enumura) February 16, 2023

◆プログラム学習方式チュートリアル

ところで本作、ルールブックはチュートリアル編の「Welcome Rules」と、完全版本編の「Constitution Rules」の2本立てとなっています。このうち最近流行のプレイしながら学習する前提の「Welcome Rules」の構成がふるっており、こんな内容となっています。

・初プレイの第1ターンAフェイズ（一部のみ解説）
・同第1ターンBフェイズ（一部のみ解説）
・同第2ターンAフェイズ（ルール、コンポーネント追加）
・同第3ターンAフェイズ（ルール、コンポーネント追加）
・同第4ターンAフェイズ（ルール、コンポーネント追加）
・2回目のプレイ（全要素登場）

ターン毎に順次要素が追加される格好です。やりたいことはわかりますし、一件有効そうな手法に見えたのですが、実際にプレイしてもらった非ボードゲーマーの家内の反応は大変不評でした。「あとから実はこういうルールがある、と追加されると、不公平感がある」とのこと。なるほど気持ちはわかります。

そして対するルール本編「Constitution Rules」は、冒頭1/3でセットアップ、シークエンス、終了条件と勝敗をさらっと説明して、以後は登場する各要素のルールをアルファベット順に解説する用語集となっています。「用語集にルールを書く」というのはSierra Madre Gamedの悪い意味で伝統的なスタイルでしたが、本作ではこれを推し進めて「用語集が本体」に逆転した構成になっています。チュートリアルは別冊子で提供されていますし、プレイ中に参照するのは用語集スタイルの方が確かに検索しやすいのですが、ちょっと面食らうスタイルです。

ちなみにルールエディターは、デザイナー本人ではなくHF4Aから参加しているJustin Grey。個人的にはあまりありがたくないスタイルなのですが、今後の試金石としてゲーマー諸氏の感想を聞いてみたいユニークなルール構成でした。